BLOG

  • KOJI BLOG
  • RISA BLOG

2010年11月で見つけたCOOL JAPAN!

ムスリムの国のおもてなし。

 

遡ることモロッコから始まり、
エジプト、ヨルダン、シリア、イスラエル(一部)トルコ、
これらの国々は、ムスリム(イスラム教徒)の国々でした。

 

 

これまで自分が抱いていたムスリムのイメージは、
正直、アルカイダに代表されるようなテロリスト。

 

 

と言うのも、テレビで見るニュースのほとんどが、
イスラム教過激派のことばかりだったからです。

 

 

しかし、この旅で触れ合ってきたムスリムたちの姿は、
それとは大きくかけ離れたものでした。

 

 

以前のブログにも記しましたが、
エジプトでは、タクシーの運転手ともめた空港から、
無料で相乗りさせてくれた青年。

 

 

ヨルダンでは、夜遅くに着いたにも関わらず、
破格で目的地まで心優しいタクシーのおじさんが連れていってくれ、
途中、喉渇いているだろうと、水の差し入れまでしてくれました。

 

 

イスラエルでも、タクシーのおじさんに、家にまで招待され、
アラブコーヒーを振る舞ってもらったことも。

 

 

アラブ人のタクシーの運ちゃん宅.jpg

 

 

娘さんがコーヒーを振る舞ってくれた.jpg

 

 

シリアでは、バスで出会った青年が、
自分の家とは正反対の宿まで案内してくれたり。

 

 

シリア人の青年.jpg

 

 

街を歩けば、みんな笑顔で、

 

 

『Welcome to my country!』

 

 

と声を掛けてきてくれます。

 

 

出会う人、ほとんどが親切な人たちばかり。

 

 

シリアからトルコへの国境越えでも、こんな出来事がありました。

 

 

朝5時にしかなかったバスを逃し、途方に暮れていた自分たちを、
これまた心優しいタクシーのおじさんが、
バスと同料金で国境まで連れて行ってくれました。

 

 

今度は、国境からの足がなく、途方に暮れていた僕らを、
シリア警察が乗用車をヒッチハイクしてくれました。

 

 

その乗用車のトルコ人のおじさんは、
トルコの街アンタクヤまで僕らを乗せていってくれ、
カッパドキア行きのバスを一緒に探してくれました。

 

 

御礼にと20トルコリラ紙幣を渡そうにも、
決して受け取ってはくれませんでした。

 

 

その代わりに、自分の電話番号を渡し、

 

 

「トルコで何か困ったことがあったら、連絡くれ。」

 

 

と言い残していきました。

 

 

おじさんかと思いきや、僕より年下の29歳の青年でした。

 

 

トルコ人の青年.jpg

 

 

見ず知らずの通りすがりの旅人に対して、
ここまで親切にしてくれるムスリムの人々。

 

 

というのも、
人を助けること、おもてなしすることが、
イスラムの教えなんだそうです。

 

 

日本で報道されているようなテロリストたちの姿は、
ほんの一部のイスラム教過激派の姿に過ぎません。

 

 

パレスチナ問題に代表されるユダヤとアラブの争いから、
イスラエル側についている欧米系メディアは、
ムスリムを"狂信的なテロリスト"のイメージに作り上げました。

 

 

それらの受け売りをしている日本のメディアから、
そのような姿しか見えてこないのは、
仕方のないことかもしれません。

 

 

ただ、多くのムスリムたちは、
決して驕ることなく、助け合いながら、
日々の生活を過ごしていました。

 

 

僕の中でのムスリムのイメージは、

完全に覆されました。

 

 

機会があれば、是非、ムスリムの国へ。

 

 

人の温かみに触れることができると思います。

 

2010.11.30 Tuesday | 23:03 | comments(2) | trackbacks(0) | by KOJI

シリアの意外性

 

こんな大変な思いで入国しなければ、

この国に対してそこまで思い入れは持てなかったかもしれません。

 

 

シリア、正式名称シリア・アラブ共和国。

 

 

南西にイスラエル、東にイラクと接しているこの国は、

色々な意味で渦中に巻き込まれやすく、

アメリカに『テロ支援国家』のレッテルを貼られています。

 

 

ブッシュによる『悪の枢軸』発言でも、

北朝鮮などと並んで指定されていました。

 

 

Wikipediaで検索しても、あんまりいい話は聞こえてきませんし‥。

 

 

一体、どんだけ悪い国なんだと。

 

 

そんな疑問を抱きながら、恐る恐る街を徘徊すると、

街中のあちこちで目にするこの方のポスター。

 

 

シリアの大統領.jpg

 

 

シリアのトップ、

バッシャール・アサド大統領です。

 

 

そう、シリアは社会主義国家で、

憲法では大統領有するバアス党(アラブ社会主義復興党)を

「国家を指導する政党」と定められています。

 

 

ただ、国民の70%がイスラム教スンニ派の中、

大統領有するわずか12%のアラウィ派が、政治、軍事の中枢を握っているため、

政乱への火種は常にくすぶっているんです。

 

 

そんなレッテルと不安要素を抱えた国でしたが、

この目で見た実態は、まるでイメージと異なるものでした。

 

 

中東とは思えないほど整備された街並み。

 

 

ダマスカスの街並み.jpg

 

 

モロッコのマラケシュに匹敵しそうなほどの、

巨大で、品揃え豊富なスーク(市場)。

 

 

ダマスカスマーケット2.jpg

 

 

そして、美味い飯!

 

 

シリアのシュワルマ屋1.jpg

 

 

シリアのシュワルマ屋2.jpg

 

 

シュワルマ.jpg

 

 

シュワルマと呼ばれる、ケバブのような食べ物は、

生地を鉄板で温めてくれるほどの、こだわりよう。

 

 

アイスクリームは、ピスタチオを始めとしたナッツを、

ふんだんに付けてくれるんです。

 

 

シリアのアイスクリーム.jpg

 

 

ベルギーワッフルのチョコレート版もありました。

 

 

シリアのベルギーワッフル.jpg

 

 

どれもこれも、激美味!

 

 

人も変わらず親切ですし。

 

 

シリア人男性.jpg

 

 

シリア人子供.jpg

 

 

道を聞いた日には、みんな必死になって教えてくれるんです。

 

 

驚くほど、治安もいいんです。

 

 

おまけに、美人も多いときた!

 

 

シリア美人.jpg

 

 

ヨーロッパに近いせいか、

これまでのアラブ人からも若干異なるんですよね。

 

 

服装も、洋服率が断然高まってきました。

 

 

さらに、シリアには、

あのラピュタの舞台の一部になったとも言われている城跡、

『クラック・デ・シュバリエ』もあります。

 

 

クラックデシュバリエ1.jpg

 

 

丘の上にそびえるその城跡は、本当にステキです。

 

 

クラックデシュバリエ2.jpg

 

 

ありのままの姿で残されているため、

内部に入ると、ものすごい雰囲気を感じます。

 

 

クラックデシュバリエ3.jpg

 

 

クラックデシュバリエ4.jpg

 

 

数ある遺跡の中でも、

僕の中では格別なものに入りました。

 

 

そんな観光としても楽しめるシリア。

 

 

経済は、バアス党による計画経済によって、

農業、鉱業、商業の3つがバランスよく保たれており、

石油、天然ガスと地下資源も豊富のため、豊かです。

 

 

おまけに教育水準が高いため、

潜在的伸び白は驚異的と言われています。

 

 

ただ、アメリカによる"悪"のレッテルを貼られているため、

西側諸国との関係がうまくたちゆかずに、

ブレイクスルーにいられずにいるんです。

 

 

確かにテロを支援している背景もあるのかもしれませんが、

それも全てはパレスチナ問題に起因する部分もある訳で。

 

 

アメリカを始めとしたメディアによる洗脳によって、

シリア全体が悪かのようにイメージ付けされていますが、

実態は、そんなことはない。

 

 

正直、すべてが意外と感じるほど、

人も食も街もステキな国でした。

   

 

メディアによる洗脳こそ、

一番恐ろしい国家の陰謀だと感じる今日この頃。

 

 

この目で見てみないことには、

やはり実態を判断してはいけないと思いました。

 

 

たから、旅はやめられません。

 

2010.11.29 Monday | 08:53 | comments(0) | trackbacks(0) | by KOJI

いちかばちかの、シリア国境越え


この旅の中でもハイライトになるであろう
イスラエル滞在からアンマンに戻った我々。

 

 

いよいよシリアへの国境越えに挑戦する日がやって来ました。

 

 

国境越えに挑戦って?

 

 

陸路で中東からヨーロッパへ抜けるためには、
シリアはどうしても越えなければならない関所なのですが、

 

 

これまで、国境で簡単に発給されたビザが、
1ヶ月ほど前から、日本人に対してだけすこぶる厳しくなっており、
ビザのない日本人の大半は、国境で追い返されているようなのです。

 

 

ただ、極一部の幸運な人たちは通れている実態もあり。

 

 

その成功確率は、自分の知る限り10~20%。

 

 

しかも、基準がまったく分からないときた。

 

 

まるでロシアンルーレットです。。

 

 

出発前夜。

 

 

アンマンで滞在したお馴染みの宿マンスールは、
敗戦ムードが立ち込めておりました。

 

 

極度なまでに日本人贔屓をしてくれるルアイ氏がいるため、
マンスールはもはや日本人宿と化しているのですが、

 

 

そこにはシリア国境で敗れ去った日本人が、
一人、また一人と戻って来ていたのです。

 

 

これまで、数々の幸運を見方にして来た我々ですが、
さすがに今回ばかりは自信が持てず‥。

 

 

しかも相手は社会主義国家です。

 

 

まるで神風特攻隊のような気分。

 

 

とりあえず当たって砕けろの姿勢で臨むつもりでしたが、
仕事の癖で、数少ない情報を頼りに
出来る限りの対策を打つことにしました。

 

 

 


ジャーベルとダラアと2つある国境の内、
比較的、成功確率の高そうなダラア国境を目指す。

 

 


団体ではなく、できるだけ少人数で国境を越える。

 

 


中国人、韓国人は問題なく通れているので、
できれば一緒に友達っぽく国境越えを共にしてもらう。

 

 


連れて行ってもらうタクシーの運転手を見方につける。

 

 


シリア男性はメイクをした女性が好き、とのことなので、
嫁はバッチリメイクで臨む。

 

 


イスラエルに入国した証拠を、いっさいがっさい隠滅する。

 

 

 


③以外は実行可能そうだったので、やれることは全て実施。

 

 

特に⑥は重要で、
イスラエル入国時にはもちろんノースタンプで切り抜け、
ヨルダンの出国スタンプも押されていませんでしたが、
イスラエル入国時にパスポートの裏表紙に張られたシール、
これも跡形もなく取り去らなくてはなりませんでした。

 

 

ガムテームでシールの粘着を全て取り去る職人芸。

 

 

なんとか全てを剥がし切り、パスポートの準備は万全です。

 

 

嫁は早起きして、ばっちり舞台メイクを施しました。

 

 

そして、いざ出発の朝。

 

 

シリアへ向けて出発.jpg

 

 

一度、ジャーベルの国境越えを失敗した日本人2名と共に宿を出発。

 

 

ダラア国境までは、2回ほど乗り換えて行かなければならない中、
宿を出たところで、タクシーの客引きに声を掛けられます。

 

 

『ダラアの国境まで、一人5ディナール(約550円)で行ってやる。』

 

 

5ディナール?

 

 

普通にバスなどを乗り継いで行っても、
一人7~8ディナールはかかるところ。

 

 

それで5ディナールは安い。

 

 

ということで、客引きに言われるがままに、
4人でタクシーをシェアすることに。

 

 

これが、失敗でした。

 

 

客引きと運転手は当然、別人なのですが、
このタクシーの運転手が、国境までの道をあまり分かっておらず、
連れて行かれたのがジャーベルの国境だったのです。

 

 

当然、他の2人にとっては、既にトライしてダメだった国境ゆえ、
同じ過ちを繰り返すわけにいきません。

 

 

ただ、僕らにとっては、まだ試していない国境。

 

 

とりあえず、挑戦することにしました。

 

 

そこで、たむろしていた別のタクシーの運転手に
出来るだけフレンドリーに、笑顔で交渉。

 

 

『ビザはあるのか?』

 

 

という問いに対して、

 

 

『いや、国境で取る。』

 

 

と応えた僕らに対して、
ニヤリと不敵な笑みを見せたタクシーのおっちゃん。

 

 

その表情は、自信なのか小馬鹿にされたのか、
その時はまだ判断がつきませんでした。

 

 

シリア国境越えを共にしたタクシーの運転手.jpg

 

 

そんなおっちゃんのタクシーに乗せられ、
ついに国境越えが始まります。

 

 

まずは、ヨルダン側の出国審査。

 

 

出国税8ディナールを支払い、出国スタンプが押印。

 

 

あっさり出国は完了してしまいました。

 

 

これで、引き下がれません。

 

 

向かうはシリアの入国審査。

 

 

思いの外キレイな建物の中には、
外国人用の窓口が一つだけ脇に構えられていました。

 

 

すると、既に列に日本人カップルが並んでいる様子。

 

 

聞くと、ビザは持っていないとのこと。

 

 

ヤバイな。。

 

 

これだと、面倒くさがられて、
一緒くたに断られてしまうかもしれない。

 

 

ただ、仕方ないからとりあえず列に並ぶ。

 

 

そして、ついに自分たちの順番が。

 

 

バッチリメイクの嫁を前面に、

 

 

『ビザないんです。国境で取れると聞いて。』

 

 

と、上目づかいでお願いをしました。

 

 

すると、その入国審査官のおじさん、
嫁のメイクなどには見向きもせず、
面倒くさそうに、パスポートを預かり、
前の日本人カップルのものと一緒に束ねて、

 

 

『1時間後、ヨルダンに戻ることになるだろう。』

 

 

と、吐き捨てたのです。

 

 

しかも、

 

 

『Come back to Jordan.』

 

 

って文法も間違ってるし‥。

 

 

ただし、パスポートは預かられました。

 

 

これは、まだかすかに可能性が残っているパターン。

 

 

鼻っからパスポートを突き返され、断られる人もいるようなのです。

 

 

ただ、預かられるだけ預かられて、1時間後に断られる人もいるようで‥。

 

 

予断は許しません。

 

 

とりあえず、ひたすら入国審査場のベンチで待ち続けます。

 

 

すると、その間に、タクシーのおっちゃんが様子を見に来ました。

 

 

『まだ取れないのか?』

 

 

『とりあえず1時間待っとけ、って言われてるんだよ。』

 

 

そう応えると、運ちゃんは入国審査官の下へ、何かを聞きに行きました。

 

 

そして、建物の外へ駆けだして行き、その10分後。

 

 

なんと、ランチボックスとコーラを買い出し、
それらを入国審査官に差し入れしてるじゃありませんか。

 

 

ナーイス、アシスト!タクシーのおっちゃん!!

 

 

まさか、ここまで気が利く奴とは思いもしませんでした。

 

 

ただ、それが逆効果になる可能性も否定できません。

 

 

期待と不安を胸に、ひたすら待ち続けること40分。

 

 

ついに、別のお偉い審査官に、
もう一組のカップルが呼ばれます。

 

 

質問の内容は以下のような感じ。

 

 

『何でVISA取ってこなかったんだ?』

 

 

という質問に対して、

 

 

『いや、取る時間がなかったんだ。』

 

 

と応えるカップル。

 

 

それに対し、

 

 

『カンボジアのビザは取って来てるのに、
何故シリアのビザは取って来ていない?』

 

 

と、痛い質問を浴びせるお偉い審査官。

 

 

しかし、カップルは、

 

 

『カンボジアへ訪れたのは学生時代。
その頃はまだ時間に余裕があった。
今は働いているので、その余裕がなかったんだ。』

 

 

との、ナイス切り返し。

 

 

それで、お偉い審査官は納得した様子でした。

 

 

そして、次にうちらが呼ばれるのかと思いきや、
うちらに対しては何の質問もなし。

 

 

ん?無視??

 

 

しかし、その手には確実にうちらのパスポートも持って、
お偉い審査官は、ボスのところへ向かって行きました。

 

 

そして、待つこと20分。

 

 

ボスのもとから戻って来たお偉い審査官は、
うちらを呼びだし、こう告げました。

 

 

『今回はビザを発給してやる。ただし、今回だけだ。
ビザがないなら、次回はシリアには来るな!』

 

 

キターーーーー!!!!!!!!!!( ̄□ ̄!)/~

 

 

シリアビザGET~~~!!!!!

 

 

いやぁ、まさかここまで自分たちの運が太いとは‥。

 

 

10~20%の確率をくぐり抜けてしまいました!

 

 

今回ばかりは、幸運の星の下に生まれていることを
信じて疑いません!いや、疑えません!!

 

 

こうして、無事にシリア入国を果たすことができたのでした。

 

 

シリア国境越え成功!.jpg

 

 

そんなこんなで入国したシリアは、
これまた不思議な魅力に詰まった国でした。

 

 

続く。。

 

 

2010.11.26 Friday | 05:57 | comments(4) | trackbacks(0) | by KOJI

世界の美女を探せ!イスラエル特集編

 

エルサレム、そして、パレスチナと、

重いブログが続いていましたので、

死海に続き、今回もかなりライトな内容です。

 

 

題して、

『世界の美女を探せ!』

イスラエル特集編です。

 

 

せっかく世界を一気に回って見る機会なので、

いくつかのテーマを絞って比較をしているのですが、

その内の一つのテーマがこの企画。

 

 

これまで撮り貯めてきた写真があり、

何かの機会に発表しようと思っていたところ、

イスラエルで一気に集まってしまいました。

 

 

そう、ここイスラエルは美人の宝庫でもあるんです!

 

 

ちなみに、世界のイケメンも最初は撮っていたのですが、

旦那の僕が言うのもなんですが、

嫁の見る目が余りにも悪いので、途中で断念。。

 

 

とりあえず、イスラエルまでの美女を発表したいと思います。

 

 

※僕と嫁の"独断と偏見"で美人と認定しているため、

ある種の偏りが出ているかと思いますので、ご了承くださいませ。

 

 

まずは、タイ。

 

 

タイ美人.jpg

 

 

はっきり言ってあまりタイ人っぽくはないのですが、

目がとても綺麗だったので、タイ美人に認定。

 

 

続いて、ラオス。

 

 

ラオス美人.jpg

 

 

ラオスは、みんな素朴すぎて、見付けるの大変でしたが、

中でもこの人は素朴の中にも華があってステキでした。

 

 

続いて、中国。

 

 

中国美人.jpg

 

 

中国は上海やマカオ等に行けばたくさん美人がいると聞きますが、

僕らが訪れた昆明、成都の雲南では、なかなか見付けるのが大変。。

 

 

そんな中、バスから降りてきた今どきな感じの子を、激写!

写真慣れしてる感じでしたねぇ。

 

 

たぶんモテるんだと思います。

 

 

続いて、チベット。

 

 

チベット美人.jpg

 

 

ちょっと写真映りが悪いのですが、

凛とした素敵な子でした。

 

 

続いて、ネパール。

 

 

ネパール美人.jpg

 

 

アジアから徐々に人種が変わり、

美人の基準が分かりにくくなってくるのですが、

ネパールで見付けたのは唯一、この方でした。

 

 

そして、インド。

 

 

インド美人.jpg

 

 

ボリウッド映画ではびっくりするくらいキレイな人が出演してますが、

街中でそれ級の人を探すのは至難の業。。

 

 

この方は、タージマハルホテル系列で働かれているエリート女性。

 

 

あまり上手く撮れませんでしたが、

知性がにじみ出る美女でした。

 

 

そして、アフリカに突入。

 

 

まずは、南ア。

 

 

南アフリカ美人.jpg

 

 

南アはワールドカップ期間中で、世界中から美女が終結。

 

 

この方、南ア人か分からないのですが、たぶん現地の人。

 

 

とびっきりの美人でした。

 

 

そして、どんどんコアなアフリカへ。。

 

 

ナミビア。

 

 

ナミビア美人.jpg

 

 

ヒンバ族の子です。

 

 

生まれてから一度も風呂に入らないという彼女たち。

 

 

もはや、美を通り越して、芸術でした。

 

 

ただ、この辺りから、美人の基準が分からなくなり。。

 

 

ザンビア、タンザニア等は見付けることができず。。。

 

 

一気に飛んで、ヨーロッパです。

 

 

ただ、美の基準で混乱をきたしてしまった僕らは、

ヨーロッパではなかなかシャッターが弾まず‥。

 

 

唯一シャッターを切ったのが、

オランダのチーズ工場で働くこの子。

 

 

オランダ美人.jpg

 

 

写真では分かりにくいですが、天使みたいな子でした。

 

 

そして、イスラエルに飛びます。

 

 

はっきり言って、シャッター切りまくりでした。

 

 

テルアビブももちろんのこと、

エルサレムの新市街は本当に美人が多い!

 

 

第一美人。

 

 

イスラエル美人1.jpg

 

 

顔の傾かせ方とか、モデル級。

 

 

本当、キレイなお姉さんって感じの方でした。

 

 

第2美人(たぶん姉妹)。

 

 

イスラエル美人4.jpg

 

 

特に左の子がかわいかった。

 

 

その後に一緒に居た友達とかも、みんなかわいいから驚き。

 

 

第3美人。

 

 

イスラエル美人6.jpg

 

 

いかにもユダヤ人って感じの子。

 

 

ナチュラルな笑顔には魅せられます。

 

 

第4美人。

 

 

イスラエル美人9.jpg

 

 

この人、写真じゃ面長に映っちゃってますが、

実際はそんなことはなく、

スタイルも顔立ちもすべてがモデル級。

 

 

非の打ちどころがない美人って感じでした。

 

 

第5美人。

 

 

イスラエル美人3.jpg

 

 

眼鏡に負けない美を放ってます。

 

 

第6美人。

 

 

イスラエル美人11.jpg

 

 

性格も最高にいいアラブ人の子です。

 

 

ニューハーフっぽく撮ってしまった自分の腕を嘆きます。。

 

 

第7美人。

 

 

イスラエル美人12.jpg

 

 

イスラエルではソバージュ流行ってるっぽいです。

 

 

第8美人。

 

 

イスラエル美人7.jpg

 

 

この子、魔性の雰囲気がありました。

 

 

たぶん男、引く手数多だと思います。

 

 

第9美人。

 

 

イスラエル美人10.jpg

 

 

もはや軍人さんまでキレイ。

 

 

まぁ、イスラエルは兵役があるので、

美人がそのまま兵についているだけなのですが。

 

 

そして、こっからが自分の認定する

イスラエル美女ベスト3です!

 

 

嫁のブログでも、彼女の認定するベスト3が発表される予定なので、

男女の視点でどう変わるか、楽しみにしててください。

 

 

まずは、ナンバー3!

 

 

イスラエル美人2.jpg

 

 

最初に撮影した美人の方で、

はじめ眼鏡をかけていたのですが、

それを外して、カメラに向けてポーズを撮る素振りは、

セクシーそのものでした。

 

 

続いて、ナンバー2!!

 

 

イスラエル美人8.jpg

 

 

キリリと閉まった顔は、美人の一言。

 

 

メイクもばっちりですが、

きっとノンメイクでも美人。

 

 

髪のなびき方とか、なんでこんな絵になるんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

そして、栄えあるナンバー1は!!!

 

 

 

 

 

 

 

イスラエル美人5.jpg

 

 

とあるショップの店員さんに決定です!

 

 

この子、どうしても撮影したく、

この店の前を行ったり来たりすること30分。

 

 

あまりにも怪しいうちらの行動に、

向こうから声を掛けて来てくれ、

写真を撮らせてもらいました。

 

 

顔立ち、スタイル、ポーズ、フェロモン共に、

最高レベルでした。

 

 

いやぁ、素晴らしかった。

 

 

と、自分たちのことを棚に上げて、

勝手につらつらと述べさせて頂きましたが、

とにかくイスラエルはレベルが高かったです。

 

 

勝手に評論させて頂いたご無礼をお許しください。。

 

 

イケメンはイタリア。

美女はイスラエルっすね。

 

 

 

皆さんはどうお感じになりましたでしょうか?

 

 

そうこう思っている間に通ったシリア。

 

 

これもまたレベルが高かったのでした。

 

 

美人探しの旅は、まだまだ続きます。

 

2010.11.21 Sunday | 19:56 | comments(3) | trackbacks(0) | by KOJI

死海で泥パックして、浮いてみた!

 

毎日が勉強のエルサレム滞在でしたが、

イスラエルの魅力はそれだけに留まりません。

 

 

そう、あのミネラルたっぷりと言われる

『死海』があるのも、イスラエルなんです。

 

 

正確に言うと、死海はイスラエルとヨルダンの間。

 

 

昔は海だったと言われており、

地形の変化で湖となった訳ですが、

この地方、極端に降水量が少なく、かつ気温が暑いため、

水が干上がっていき、通常の海水以上の塩度を持つようになったんだとか。

 

 

その塩度と言ったら、約30%!

 

 

通常の海水の10倍です。

 

 

実際にこの目にしてみると、ものすごいキレイな湖。

 

 

イスラエル側死海.jpg

 

 

ここへは、イスラエル国境越えを共にした、

日本人6人で足を運んだのですが、

ヨルダン側の死海にも足を運んだ人曰く、

イスラエル側の方がゴミも少なく、ビーチは圧倒的にキレイ!

とのことです。

 

 

みんなで死海へ!.jpg

 

 

イスラエル側には、SPAがあり、

使用料69シェケル(約1500円)かかるのですが、

死海と硫黄の温泉もあり、泥パックも使い放題!

 

 

と言うわけで、思いっきり塗りたぐってやりました。

 

 

泥人間完成.jpg

 

 

バックと撮ると、もはや芸術です。

 

 

泥人形.jpg

 

 

ブルーマンズ、ならぬ、ドローマンズ完成!

 

 

ドローマンズ.jpg

 

 

その状態で、死海のビーチへ。

 

 

いざ死海へ.jpg

 

 

死海の水は、驚くほど透き通っており、

泥で入るのもはばかれるくらいでした。

 

 

死海岸辺.jpg

 

 

塩度が濃すぎて、

ビーチ際は塩が固まりだしてます。

 

 

そんなビーチをみんなぷかぷか。

 

 

みんな死海でぷかぷか.jpg

 

 

本当に驚くほど浮くんです!

 

 

死海でぷかぷか.jpg

 

 

新聞だって読めちゃうくらい!

 

 

死海で新聞.jpg

 

 

塩柱も出来てました。

 

 

死海の塩柱.jpg 

 

 

いやぁ、本当に浮くんですね。

 

 

死海って。

 

 

でも、塩があらゆる傷口を刺激してくるので、

長居してると、痛くって仕方ありません。

 

 

僕は何故かあそこが痛くなって、

30分と持ちませんでした(笑)

 

 

でも、ミネラルたっぷりの泥と死海の水で、

肌はつやつやになったはず(!?)

 

 

イスラエルは魅力満載ですね。

 

 

続いては、イスラエルの美人特集です。

 

 

続く。。

 

 

 

2010.11.20 Saturday | 08:16 | comments(0) | trackbacks(0) | by KOJI

オリーブ山の平和の使者~イブラヒムとパレスチナ問題について


エルサレムでの滞在は、この旅の中でも格別なものでした。

 

 

それも全て、宿泊させてもらった家のおかげ。

 

 

イブラヒムピースハウス。

 

 

イブラヒムピースハウス看板.jpg

 

 

エルサレムの旧市街を拝むオリーブ山にある、
アラブ人のイブラヒムさんのお家です。

 

 

イブラヒムさん.jpg

 

 

ハウスと呼ぶのは、宿代を徴収している訳ではないため。

 

 

ベッドも洗濯機もインターネットも自由に使っていいのですが、
すべては宿泊客の寄付で生計を立てています。

 

 

イブラヒムさんは、パレスチナ人のおじいちゃんなのですが、
言ってしまえば、パレスチナのダライ・ラマのようなお方。

 

 

 

徹底した武力反対の姿勢で、パレスチナ問題を始め、
世界中で和平活動に取り組む活動家の方です。

ピースハウスの入口には、世界中の新聞で取り上げられている
イブラハムさんの記事で敷き詰められています。

 

 

イブラハムピースハウス玄関.jpg

 

 

正直、こんな方にお会いできるだけでもスゴイことなのに、
その方のお家に泊めて頂けて、かつ、手料理食べ放題!

 

 

このイブラヒムおじいちゃん、
とにかく人にモノを食べさせることが大好きなんです。

 

 

僕らも、家に到着するや否や、

 

 

『Welcome!』

 

 

と、大声で迎えてもらったのですが、

 

 

二言目が、

 

 

『EAT!!』

 

 

三言目が、

 

 

『FOOD!!!』

 

 

なんです(笑)

 

 

鬼の国境越えの後でしたので、
その温かい出迎えに僕らは早速、感激してしまいました。

 

 

が、しかし。。

 

 

おじいちゃんの味付け、とにかく塩辛い!

 

 

しかも、この到着した日に作っていたスープが、
いつも以上、と言うか、尋常じゃない辛さだったんです!!

 

 

激塩辛スープ.jpg

 

 

正直、死海の水で作ったんじゃないかと思うくらいの辛さ。。

 

 

国境越えを共にした日本人6人でお邪魔したのですが、
感激した矢先、全員絶句。。

 

 

ウェルカムミール.jpg

 

 

でも、これを食べればイブラヒムさんと交流できる、と、
登竜門だと考え、なんとか大半を平らげました。

 

 

その後の料理は、ちょっと塩辛いかな、くらいでしたので、
やっぱりその時の味付けは、
塩加減を間違えてしまったんだと思います。

 

 

間違え過ぎだろ!って感じでしたが(笑)

 

 

それでもイブラヒムさんを慕って、世界中から旅人、
並びにジャーナリストの方がここには訪れてます。

 

 

パレスチナのダライ・ラマ、または、マザー・テレサ、

 

と呼んでも過言ではない程のオーラが放たれています。

 

 

彼の頭に虹色のリングが掛かっている昔の写真もありました。

 

 

イブラヒムの昔.jpg

 

 

そんなイブラヒムさんは、前述の通りパレスチナ人。

 

 

ここイスラエルで、現在進行形で問題になっているパレスチナ。

 

 

この地を訪れた限り、否が応でも直面しなければならない問題です。

 

 

重いですが、これも自分の備忘録としてここに記します。

 

 

世界中で迫害を受けたユダヤ人が、ユダヤ人独立国家の創設を求め、
イスラエルに回帰し始めたのが19世紀末期。

 

 

イギリスは、第一次世界大戦で、ユダヤ人の協力を仰ぐことを約束に、
ユダヤ人国家建設への約束をします。

 

 

大戦で勝利したイギリスは、
国際連盟からパレスチナの委任統治を認められ、
世界各地からユダヤ人を入植させました。

 

 

しかし、当時オスマン・トルコとも戦っていたイギリスは、
アラブの協力を取り付けるべく、シリア、パレスチナ、アラビア半島を
アラブ人のモノとして認める覚書も送っていたんです。

 

 

戦争に勝ちたいがために、イギリスが両者にいい顔をしてしまった。

 

 

これがパレスチナ問題の発端です。

 

 

その後、入植し始めたユダヤ人と、
先住民のアラブ人(パレスチナ人)との間で、紛争が勃発します。

 

 

手に負えなくなったイギリスは、問題を国連に委ねます。

 

 

これを受け、1948年、
国連はパレスチナをアラブとユダヤの2国に分け、
聖地エルサレムは国債管理に置く決議を採択。

 

 

しかし、それを不服に感じたアラブとユダヤとの間に、
中東戦争が勃発します。

 

 

4度の戦争を経て、1993年、アメリカが仲介役を務め、
イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)との間で和平交渉が成立。

 

 

1996年からアラファト議長によるパレスチナ自治政府がスタートし、
共同した歩みをし始めたかのように見えました。

 

 

しかし、その後も和平の歩みは挫折を繰り返し、
2004年のアラファト議長が死去。

 

 

2006年にパレスチナ総選挙でハマースが政権を獲得しますが、
イスラエルはそれをテロ組織と見なし、関係は悪化の一途を辿ります。

 

 

イスラエルとパレスチナを分断する『分離の壁』が建設され、
両者の関係は新時代を迎えています。

 

 

パレスチナ自治区.png

 

 

その『分離の壁』へ、訪れて参りました。

 

 

分離の壁1.jpg

 

 

分離の壁2.jpg

 

 

分離の壁3.jpg

 

 

ベルリンの壁が崩壊して、20年以上経ちますが、
未だに人は、同じ人類でありながら、区切ろうとするんですね。

 

 

この壁の建設で、イスラエルはパレスチナへの物資の供給などを絶ち、
兵糧攻め、そして、ガザ地区などへは攻撃までも仕掛けています。

 

 

テロの数は減ったらしいですが、
攻撃によるパレスチナ人の死者の数は増え続けています。

 

 

そこには前ブログで記述したように、
宗教的な背景や、3つの宗教にとっての聖地問題など、
様々な問題が絡んでいるわけですが、

 

 

イスラエルは、自分たちが過去に受けた迫害と同様なことを、
パレスチナに対して行っているわけです。

 

 

知り合いのユダヤ人のおじさんにも話を伺いましたが、
テロに対する防衛だから仕方がないと話をしていました。

 

 

確かに、そうかもしれません。

 

 

ただ、現状を見る限り、圧倒的に弱い立場のパレスチナを
イスラエルがいびっているようにしか見えません。

 

 

唯一の被爆国である日本が、
他国に原爆を落とすことをするでしょうか?

 

 

ユダヤ人は迫害を受け続け、その痛みを知っている民族として、
同じ過ちを繰り返さないよう、務めることができる立場にあると思います。

 

 

イブラヒムは、僕らが去る日の朝、
朝食を振る舞ってくれながら、こう話してくれました。

 

   

イブラヒムの講話.jpg

 

 

『武器は血しか生み出さない。

武器を買うお金があるなら、

子供たちに食べ物を提供しよう。』

 

 

『もはやユダヤ教、キリスト教、イスラム教は関係ないんだ。
 私たちは同じ星の下、同じ神の下の人間に過ぎない。』

 

 

『今こそお互いが思いやりの心を持って、接するべき時なんだ。』

 

 

イスラエルに対する恨み節はいくらでもあるはずの
パレスチナ人である彼から発せられる言葉は、重かったです。

 

 

そして、帰り際、彼の身に着けていたシマーグ
(アラブ人が頭に掛けている布)をプレゼントしてくれ、
こう呟いてくれました。

 

 

『You are like my children.』

 

 

イブラヒムからのプレゼント.jpg

 

 

滞在期間中、本当に家族のように接してくれたイブラハムおじいちゃん。

 

 

英語の分からかった同僚も、
彼から発せられる言葉から何かしらを感じて、
最期は全員して涙をしていました。

 

 

日本にいると、
イスラエルサイドのニュースばかり耳にするパレスチナ問題。

 

 

実態を知ることで、感じ方も大きく変わりました。

 

 

まずは知ることから。

 

 

実際にこの目で見て分かったこと、感じたことの、
ありのままをここに綴りましたが、

 

 

皆さんも機会があったらここエルサレム、
そしてパレスチナへも是非、訪れてみてください。

 

 

その際には、是非「イブラヒムピースハウス」へ。

 

 

忘れかけていた平和への探求心、ありがたさ、
そして、民族・宗教を超越した人の温かさに、
触れることができます。

 

 

イブラハムおじいちゃん、本当にありがとう。

 

 

イブラヒムと記念撮影.jpg

 

 

オリーブ山より平和を祈願して。。

 

2010.11.17 Wednesday | 10:15 | comments(4) | trackbacks(0) | by KOJI

聖地エルサレム

 

無事にイスラエルの国境越えを果たし、
向かった先は、聖地エルサレム。

 

 

エルサレム.jpg

 

 

エルサレムは、
古代イスラエル・ユダ王国の都であり、
キリストが処刑された場所であり、
ムハンマドが昇天した場所でもあり、

 

 

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、
3つの宗教にとっての聖地です。

 

 

街中(旧市街)は、3つの宗教、4つの人種によって区分けされ、
そんな中、お互い均衡を保って(見て見ぬフリをして)
暮らしているから、本当に不思議な雰囲気が漂ってます。

 

 

ユダヤ教徒。

 

 

ユダヤ教徒.jpg

 

 

キリスト教徒。

 

 

キリスト教徒.jpg

 

 

イスラム教徒。

 

 

イスラム教徒.jpg

 

 

それを象徴する場所が、この嘆きの壁&岩のドーム。

 

 

嘆きの壁&岩のドーム.jpg

 

 

元々、ユダヤの信仰の中心エルサレム神殿が建っていたのですが、

ローマ軍によって破壊され、その後イスラム教が侵略している間に

現在のモスクが建てられた場所です。

 

 

かつてのエルサレム神殿の外壁の一部が残されており、
敬虔なユダヤ教徒は日々この地を訪れ、お祈りをしています。

 

 

嘆きの壁の前で祈る1.jpg

 

 

嘆きの壁の前で祈る2.jpg

 

 

嘆きの壁の前で祈る3.jpg

 

 

ユダヤ教徒のおじさん.jpg 

 

 

そのいでたちと言ったら、ハリーポッター級です。 

 

 

預言者ムハンマドが一夜にして昇天した場所に建てられている
奥の岩のドーム(モスク)へは、イスラム教徒のみ入場可能。

 

 

そして、かつてのイエス・キリストが教えを講じ、
処刑され、復活し昇天したとされるのもここエルサレム。

 

 

聖墳墓教会と呼ばれる、キリストのお墓もあれば、

 

 

キリストの墓.jpg

 

 

処刑前夜に使途を集めて食事を採ったとされる、
あの『最後の晩餐』の建物も残っています。

 

 

最後の晩餐の建物.jpg

 

 

『最後の晩餐』部屋↓

 

 

最後の晩餐.jpg

 

 

ミケランジェロの『最後の晩餐』は見れませんでしたが、
聖地で本物の場所を見ることができました。

 

 

ゆえに、世界中からキリスト教徒がこの地を訪れ、
キリストの処刑された際、辿った道のりを巡礼します。

 

 

キリスト教徒の巡礼.jpg

 

 

その数と言ったら圧倒的。

 

 

正直、恐ろしさすら感じました。

 

 

ここまで人々を魅了するエルサレムとは一体何なのか?

 

 

自分の備忘録としても、ここに記したいと思います。

 

 

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は一神教で、
すべて同一の神を信仰しています。

 

 

元々、これらすべての宗教の始まりは、
ユダヤ人、並びにアラブ人の祖とされるアブラハムが、
神からエルサレムの地を与えられたことに遡ります。

 

 

紀元前1280年頃、
シナイ山にてモーゼが十戒を授かり、旧約聖書が誕生。

 

 

ユダヤ教の信仰が始まります。(正確には十戒とは別)

 

 

モーゼの十戒とは以下の通り。

 

 

1.主が唯一の神であること

2.偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)

3.神の名を徒らに取り上げてはならないこと

4.安息日を守ること

5.父母を敬うこと

6.殺人をしてはいけないこと

7.姦淫をしてはいけないこと

8.盗んではいけないこと

9.偽証してはいけないこと

10.隣人の家をむさぼってはいけないこと

 

 

シナイ山はダハブ付近にありますが、
恋するダハブの誘惑に落ち、登りそびれました。。

 

 

この信仰には救世主(メシア)思想というものがあります。

 

 

『世界に平和をもたらせる人が現れる』と言う思想です。

 

 

そのメシアが、ユダヤ人として生まれ、旧約聖書の解釈を、
12人の使徒に説いた『イエス・キリスト』であると信仰しているのが
キリスト教なんです。

 

 

キリスト教が聖典として定めている『新約聖書』は、
キリストとその12人の使徒の言行がまとめられたものです。

 

 

その後、570年頃サウジアラビアのメッカに生まれた
『ムハンマド』を預言者とするイスラム教が誕生します。

 

 

イスラム教の信仰では、メシアはムハンマドとされ、
ムハンマドの教えをまとめたものが『コーラン』です。

 

 

つまり、3つの宗教の聖典は、

 

 

ユダヤ教 :旧約聖書

キリスト教:新約聖書

イスラム教:コーラン

 

 

となり、基をたどればすべては旧約聖書が礎となり、
キリスト教もイスラム教も、旧約聖書のことは認めているんです。

 

 

一方のユダヤ教は、新約聖書もコーランも認めていません。

 

 

救世主(メシア)は、

 

 

ユダヤ教 :現れていない

キリスト教:イエス・キリスト

イスラム教:ムハンマド

 

 

となり、同様に、
ユダヤ教にとってはキリストもムハンマドも偽メシアとしています。

 

 

ユダヤ教は、いつの日かメシアが現れ、
イスラエル王国を再建し、世界に平和をもたらせると
本気で信じてます。

 

 

エルサレムは、そんな3つの宗教にとって、
以下のような位置付けで"聖地"になる訳です。

 

 

ユダヤ教にとっては、かつてのイスラエル・ユダ王国の都として栄えた場所。

キリスト教にとっては、キリストが処刑された場所。

イスラム教にとっては、ムハンマドが昇天した場所。

 

 

これがすべての問題の源です。

 

 

ダビデ王によって築かれたイスラエル王国は、
ペルシア、ローマ帝国、オスマン帝国などに侵攻を繰り返され、
ユダヤ人は世界中に散らばることになります。

 

 

638年、エルサレムはアラブ人によって占領され、
元イスラエル神殿が建っていた場所(ムハンマドが昇天した場所)に、
現在のモスク(岩のドーム)が建設されます。

 

 

その間、世界中で迫害され続けたユダヤ人は、
「自分たちが迫害されるのは、自国がないからだ」と言う、
思想に立ち返り、エルサレム回帰論が台頭。

 

 

そして、エルサレムはアラブとユダヤによって侵攻が繰り返され、
ついには第2次世界大戦終了時に、国連によって
東エルサレムと西エルサレムとに分断されることに。

 

 

その後、4回に及ぶ中東戦争を経て、
エルサレムは現在の姿を為す形になりました。

 

 

現在のエルサレムの旧市街は、
ユダヤ教徒地区、キリスト教徒地区、イスラム教徒地区に区分けされてますが、
お互いがお互いを居ないもののようにして暮らしているんです。

 

 

そして、問題は現在進行形のパレスチナにまで及んで参ります。

 

 

現状、世界で起こっている問題の縮図が、
ここエルサレムにあるのではないかと...。

 

 

はっきり言って複雑すぎますが、
これは一地球人として理解すべき問題だと思います。

 

 

続く。。

 

 

2010.11.16 Tuesday | 08:12 | comments(2) | trackbacks(0) | by KOJI

世界一厳しい入国審査、イスラエルへ


中東と言えばアラブ、イスラム教徒の国々。

 

 

そんな中、唯一ユダヤ人が支配する国、イスラエル。

 

 

周囲をアラブに囲まれ、
孤軍奮闘するその国への入国が厳しいことは
暗に想像はしておりました。

 

 

噂によると、美人入国審査官によるドS尋問。

 

 

場合によっては服を脱がされることもあるとか‥。

 

 

正直、これまで感じたことのない不安と緊張を胸に、
宿を共にした日本人6人で、国境へ向かいました。

 

 

アンマンから1時間程でキングフセイン国境へ到着。

 

 

ヨルダン側の出国審査は至ってシンプルで、
8JD(約1000円)の出国税を支払い出国完了。

 

 

そして、いよいよイスラエル側へ。

 

 

ヨルダン側とは打って変わって、
ライフルを構えた兵士達が見守る物々しい雰囲気。

 

 

バックパックは特別に検査ルートへ回されるのか、
入口で預け入れさせられます。

 

 

まずは、入国審査の建物に入るためのパスポートチェック。

 

 

起きぬけのちょい美人兵士に、
パスポート写真と自分の顔を念入りに確認されます。

 

 

次に、入国審査の建物に入るための、手荷物検査。

 

 

ここは、過去のブログでは、
謎の空気をぷしゅーっとかけられる検査もあるとのことでしたが、
今回はそれはなく、なんなく突破。

 

 

そして、いよいよ入国審査です。

 

 

美人ばかりと聞いていたが、やっぱりそんなことはなく。

 

 

中には美人もいましたが、男性の入国審査官もいるぐらいです。

 

 

そんな中でも、極力、優しそうなお姉さんの列に並ぶ予定でしたが、
何を間違ったか、最も厳しそうなおばさん審査官の列へ。。

 

 

しかも、軍服を着た女性と、見習いの美人の、計3人による審査です。

 

 

中東諸国は、イスラエルのスタンプがパスポートにあるだけで、
入国を拒否される国が多いため、
スタンプは別紙に押してもらわなければなりません。

 

 

最初に、それをお願いするはずが、緊張の余り、

 

 

『ハ、ハロー!』

 

 

とか言う入り。

 

 

そんな我々に対し、笑顔一つなく、

 

 

『どこ行くの?』

 

 

と、尋問開始。

 

 

『エルサレムとテレアビブです。』

 

 

と、応えると、

 

 

『何で?』

 

 

と、すかさず返されます。

 

 

『観光です。』

 

 

と、無難な回答で切り返すと、

 

 

『ウェストバンクも行く気?』

 

 

と。

 

 

ウェストバンクとは、銀行のことではありません。

 

 

パレスチナ自治区のことを指し、
イスラエルの火種にもなっている場所です。

 

 

もちろん行く気満々でしたが、

 

 

『どこですか?それ。』

 

 

と、すっとぼける僕。

 

 

『何で2人なの?グループで旅してるの?』

 

 

とまくし立てる審査官に対し、

 

 

『いや、夫婦なんです。』

 

 

と、応えた辺りから、審査官も表情も柔和になりだしました。

 

 

やっぱり夫婦だと、至って怪しさが緩和されます。

 

 

『イスラエルの後はどこ行くの?』

 

 

と、この質問で、ノースタンプの件を思い出し、

 

 

『トルコへシリアを抜けて行きたいから、ノースタンプ、プリーズ!』

 

 

と、お願いしました。

 

 

審査官の反応は案の定、

 

 

『Why?』

 

 

さらに、

 

 

『トルコに行きたいなら、飛べばいいじゃない。』

 

 

と。。

 

 

他の2人も、うんうん、そうだそうだ、みたいになってるし。

 

 

やっぱり、噂に違わぬドS。。

 

 

でも、その質問も想定済み。

 

 

『陸路の方が安いからだよ。』

 

 

と言って、サラリと切り抜けました。

 

 

すると、

 

 

『じゃあ、この紙書いてきて。』

 

 

と言われ、別紙入国スタンプ用の紙をGET。

 

 

サラサラっと記入して、列に並び直し、
無事に別紙に入国スタンプGETし突破~!

 

 

イスラエル別紙入国スタンプ.jpg

 

 

その間約5分。

 

 

余裕じゃん!!

 

 

僕にとっては、チベットからネパールに抜けた時の、
ネパール軍による嫌がらせ荷物チェックの方が
明らかに厳しかったです。

 

 

ただ、行動を共にした6人のうち1人の女の子は、
2時間半に及ぶ入国審査を受けてました。

 

 

何やら別紙に色々と書かさせられることになったんだとか‥。

 

 

荷物や身体チェックなどは一切なく、
ただ待たされただけで、突破できたようですが。

 

 

その基準がどこにあるのかは、全くもってよく分かりません。。

 

 

とにかく怪しまれる素振りを一切しないこと!

 

 

これに尽きると思います。

 

 

こうして、念願のイスラエル入りを果たすことができました。

 

 

そして、イスラエルは想像以上の世界観で、
僕らを迎え入れてくれました。

 

 

続く。。

 

 

2010.11.13 Saturday | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0) | by KOJI

インディ・ジョーンズの舞台~ペトラ遺跡へ

 

この世の楽園、ダハブに後ろ髪を引かれながらも、

頭を丸め、気合いを入れ直して、旅立つことに。

 

 

ダハブからヌエバアへバスで移動し、

ヌエバアからフェリーでヨルダン、アカバへ。

 

 

このフェリー、遅れるとは聞いていましたが、

案の定、2時間半の遅れ。。

 

 

アカバへ着いたのは、既に18時頃だったため、

目的地ペトラへはもう行けんなぁ、と思っていたところ、

またもやムスリムの優しさに触れることができました。

 

 

優しいタクシーの運ちゃんが、

破格でペトラまで行ってくれるとのことなのです!

 

 

ペトラまでの道のりは3時間ほど。

 

 

運ちゃんにとっては往復6時間、

つまり帰りは深夜になる計算です。

 

 

さらに、途中、水まで買ってプレゼントしてくれて。。

 

 

ヨルダン人、優しすぎます(涙)

 

 

そして翌朝、向かったのは、ペトラ遺跡!

 

 

あの『インディ・ジョーンズ~最後の聖戦』で、

聖杯の隠された遺跡として、舞台になった場所です。

 

 

11月1日から値上げしてて、

なんと50ディナール(約6000円弱)!

 

 

ただ、その価値はありました。

 

 

入口から馬車道を歩いて奥地へ進むと、

ものすごい岩の山々が見え出します。

 

 

ペトラ遺跡1.jpg

 

 

シークと呼ばれる岩盤の隙間を通り過ぎるのですが、

これがまたものすごい迫力!

 

 

シーク.jpg

 

 

岩壁は地層学者にはたまらないであろう模様で、

 

 

ペトラ地層.jpg

 

 

途中、まるでビッグサンダーマウンテンのような、

岩石も落ちていたりします。

 

 

落石?.jpg

 

 

もちろんリアルです。

 

 

そして、その先には、、、

 

 

エル・ハズネへ.jpg

 

 

映画の舞台、『エル・ハズネ』に辿りつきます。

 

 

難攻不落の秘密の要塞と言われる所以も分かります。

 

 

エル・ハズネ.jpg

 

 

岩山を切り開いて作ったとされるこの霊廟は、

紀元前に建てられたんだとか。。

 

 

さらに、凱旋門と呼ばれる柱廊通りを抜けると、

 

 

凱旋門.jpg

 

 

王家の墓と呼ばれる、

岩窟墓群が見え出します。

 

 

宮殿の墓.jpg

 

 

王家の墓.jpg

 

 

まるで映画の舞台のセットみたい。

 

 

もちろんこれもリアルです。

 

 

さらに、奥地へと進むと、、、

 

 

エド・ディルへ.jpg

 

 

途中、今まで見たことのない青トカゲなんかにも遭遇。

 

 

青トカゲ.jpg

 

 

こういうの見ると、本当に異様な空間にいるんだなぁ、と

 

 

そして、50分ほど歩くと、

エド・ディルと呼ばれる修道院跡に到着!

 

 

エド・ディル.jpg

 

 

高さ45m、幅50mの大きさは、圧巻です!

 

 

そして、最後の力を振り絞って登った、

View Pointと呼ばれる場所から見た景色。

 

 

View Pointより.jpg

 

 

View Point到達!.jpg

 

 

行きだけでも4時間の行程。

 

 

はっきり言って、結構疲れました。

 

 

でも、帰りの道中、

 

 

ペトラの絵描き少女.jpg

 

 

絵描きの少女に出会い、

 

 

絵をプレゼントされる.jpg

 

 

なんと、描きたての絵をプレゼントしてくれました。

 

 

紙だってペンだって、そんなに持っていないだろうに。。

 

 

そんな少女の優しさに心打たれながら、

ペトラを後にしました。

 

 

探索は1日がかりに及ぶほど、広大な遺跡です。

 

 

それでもこの遺跡、全体の1%程度しか公開されていないんだとか。。

 

 

どんだけ広大な遺跡かって。。

 

 

これぞ、『遺跡の中の遺跡』ではないでしょうか?

 

 

遺跡フェチにはたまらない場所です。

 

  

2010.11.09 Tuesday | 06:03 | comments(2) | trackbacks(0) | by KOJI

"ダイビングの聖地"ダハブで潜る!

"恋の街"ダハブは、実はダイビングのメッカ。

 

 

ダイビングの三大聖地として知られる『紅海』に面しており、
紅海沿いの街の中でも格安で潜れることで知られています。

 

 

僕らの目的はまさにこれ。

 

 

到着するやいなやZENさんに相談すると、
ダハブには『Blue Hole』と『Canyon(渓谷)』と呼ばれる、
ダハブきっての潜行スポットがあるらしいじゃないですか。

 

 

ただ、そこは水深30m近くまで潜るため、
ライセンスもアドバンスまで必要とのこと。

 

 

オープンまでしか持っていなかった僕らでしたが、
『DEEP BLUE』ではアドバンスの講習過程で、
その2つにも潜ることができると言うことで、
勢いでアドバンスまで取得することにしたのでした。

 

 

と言う訳で、夜行明けにも関わらず、早速ダイビング準備。

 

 

ZENさんと準備.jpg

 

 

車で20分くらい行ったダハブのビーチは、
海と丘陵がすぐ面している辺りが特徴的。

 

 

ダハブサウスビーチ.jpg

 

 

さらに、ラクダがビーチ沿いを歩いているのも
エジプトのビーチならでは(?)

 

 

ビーチ沿いでキャメルライド.jpg

 

 

11月頭でしたが、暑すぎず寒すぎない気温で、
雲ひとつない快晴に恵まれました。

 

 

ダハブサウスビーチ3.jpg

 

 

Blue Holeは陸から見ても、
明らかに色が違うことが見て取れます。

 

 

Blue Hole外観.jpg

 

 

突如として浅瀬から水深69mまで落ちているらしいのです。

 

 

期待と不安を胸に、いざエントリー。

 

 

いざダイビング!.jpg

 

 

約1年ぶりのダイビングでしたが、潜行成功!

 

 

浩史潜水.jpg

 

 

梨紗は、始めまた潜れなくて上の方でもがいてましたが、
ZENさんの絶妙なご指導により、潜行成功!

 

 

梨紗潜水.jpg

 

 

そこに広がった水中の世界は感激モノでした。

 

 

サンゴ礁.jpg

 

 

豊富なサンゴに、そこに群がる熱帯魚の数々!

 

 

熱帯魚.jpg

 

 

ナポレオンフィッシュも拝むことができました。

 

 

ナポレオンフィッシュ.jpg

 

 

そして、この目で拝んだ『Canyon』。

 

 

Canyon.jpg

 

 

言わば海中の断崖絶壁の間を沈んでいく感じで、
スリルもあっておもしろい。

 

 

『Blue Hole』は目が回るくらいの青さでした。

 

 

Blue Hole.jpg

 

 

その縁の珊瑚は、今まで10回くらい戻った中では、
一番キレイだったかも。

 

 

元々、運動神経はいいはずの嫁も、
水中ではトロくて仕方ありませんでしたが、
段々、バディとしても息が合ってきて、
なんとか2人してアドバンスのライセンスGETです!

 

 

ライセンスGET!.jpg

 

 

それも破格で!!

 

 

合計6本潜りましたが、講習含めて245US$。

 

 

一本あたり3300円計算。FUN DIVEだけなら2000円くらいです。。

 

 

これもDEEP BLUEの良心的な価格設定ゆえにですが。

 

 

さぁ、これで水中30mまで潜れる権利を手に入れました。

 

 

この世界一周の旅もまさにそうですが、
見たことのない世界を見れるってワクワクします。

 

 

世界は、陸:海=3:7らしいので、

ライセンスを取ると、残り7割の世界を見ることができるんですよね!

 

 

次はメキシコのカンクンかなぁ。

 

 

ZENさん、ありがとうございました!

 

 

ZENさんと.jpg

 

2010.11.07 Sunday | 18:45 | comments(0) | trackbacks(0) | by KOJI

恋の街"ダハブ"からの誘惑


カイロの喧騒から離れ、僕らが向かった先は、
エジプト、シナイ半島東に位置する『ダハブ』。

 

 

ダハブ.jpg

 

 

通称、"恋の街"ダハブとも言われており、
街には『癒し』と『恋愛』を求めて訪れる旅人で溢れています。

 

 

恋の街ダハブ.jpg

 

 

なので、街中はエジプトの他の街とは打って変わって
本当にゆったりとした空気が流れています。

 

 

ダハブビーチ沿い.jpg

 

 

海の透明度も、モルディブに匹敵するほどじゃないかと思えるくらいで、
燦々と輝く太陽に照らされて、ものすごい輝き。

 

 

ダハブビーチ.jpg

 

 

ビーチ沿いのレストランは、どこも外れは少なく、
なんと20ポンド(約280円※要交渉)でコースが食べられてしまうと言う‥。

 

 

カラマリ.jpg

 

 

特に海鮮系は美味で、カラマリ(イカ)の炒め物は絶妙。

さらに、激美味の生搾りマンゴー&マンゴーアイスも10ポンド(約140円)!

 

 

mango juice.jpg

 

 

そんな天国のような世界の宿は、これまた極楽でした。

 

 

その名も『Deep Blue』。

 

 

Deep Blue.jpg

 

 

ダイビングの日本人インストラクターZENさんのいる宿で、
ダイバーなら誰でも12ポンド(約170円)で泊まれてしまうと言う、
これまた破格のお値段の宿です。

 

 

Deep Blue Living.jpg

 

 

リビングには日本語の本からマンガがいっぱいで読み放題。

 

 

WiFiも無料でアクセス可能で、
まるで誰かの家にステイしているような居心地の良さです。

 

 

極めつけは、ZENさんによるシェア飯!

 

 

ZENさんによるシェア飯.jpg

 

 

人数が集まると、ZENさんがダハブで手に入る食材を元に、
夕飯を作って、みんなに振る舞ってくれるんです。

 

 

シェア飯配膳.jpg

 

 

その中身は、

サバの味噌煮&野菜炒め(醤油味)であったり!

 

 

シェア飯.jpg

 

 

グリーンカレーであったり!!

 

 

シェア飯~グリーンカレー.jpg

 

 

チキンのカシューナッツ炒めであったり!!!

 

 

シェア飯を喰らう.jpg

 

 

みんなで手伝い、語らいながら囲った夕飯は、
どれも本当に美味し(>_<)/

 

 

みんなでシェア飯.jpg

 

 

それも、具材をみんなで割り勘するから、
一人頭100円程度!

 

 

費用対効果、抜群すぎます。。

 

 

夕飯後は、みんなで麻雀やったり。

 

 

麻雀大会.jpg

 

 

って、海外で雀牌が置いてある宿なんて初めてです。

 

 

みんなの旅話をネタに打った牌は、忘れることはないでしょう。

 

 

こんな感じに、ダハブでの極楽生活は過ぎていきました。

 

 

エジプトに来たら、ダハブは外せませんね。

 

 

住所不定無職の三十路には、危険すぎる街ですが。。

 

 

ダハブにいらっしゃる旅人がいれば、
『Deep Blue』はオススメですよ!

 

 

つづく。。

2010.11.07 Sunday | 04:55 | comments(2) | trackbacks(0) | by KOJI

いざ、カイロへ!そして、ピラミッド。


アスワンの駅で、
ルクソール行きの電車の切符を買おうとしていた時のこと。

 

 

エジプトの窓口での券売は、
インドよりも激しい割り込み合い。

 

 

それを覚悟して、いざ切符を買い求めようとすると、
一人のおっちゃんが声を掛けてきた。

 

 

「明日のルクソール行きのチケット2枚あるけど、いる?」

 

 

マジかー!?

 

 

ってか、こんな上手い話あっていいのかー!!??

 

 

一瞬、疑ったけど、切符は正真正銘ルクソール行きの切符。

 

 

駅の係員に見せて聞いても、行けるとのこと。

 

 

お決まりの渋りを見せたら、さらに安くまでしてくれたので、
窓口に並ぶことなく、チケットをゲットできたのでした。

 

 

そして、翌朝。

 

 

チュンチュン、チュンチュン。

 

 

朝方、ハッと目が覚めると、小鳥のさえずりが。

 

 

既に外から陽も射し込んできてます。

 

 

たいていこのパターン、『遅刻』。。

 

 

時計を見ると、6時50分。

 

 

ルクソール行きの電車は7時。

 

 

あ゛~~!!!やっちまった~~~!!!!

 

 

i-phoneを充電の関係で、
ベッドの横に置いておかなかったのが間違いだった。。

 

 

ただ、ここはエジプト。

 

 

もしかすると、電車も遅れてるんじゃないか!?

 

 

と淡い期待を抱いて、10分で準備をして宿から駆け出る。

 

 

猛ダッシュで、途中、街の人に応援されながら、
駅に着いたのは7時5分過ぎ。

 

 

が、しかし、電車は去った後でした。。

 

 

それもそのはず、アスワンは始発駅なのです。

 

 

でも、エジプトなんだから、
5分ぐらい遅れてくれてもいいのに。。

 

 

仕方ないから、宿に戻りふて寝。

 

 

実は我々、旅行に関しては遅刻の常習犯。

 

 

GWの繁忙期であろうとも遅刻。

 

 

ましてや、新婚旅行も寝坊したくらいです。

 

 

なので、まったく驚きじゃなかったのですが、

なんかルクソール行くの嫌になって、
夜行で一気にカイロまで行くことにしたのでした。

 

 

そんなこんなで着いたカイロは、
また空気悪!

 

 

でも、都会だけあって、客引きとか全然いらっしゃらない。

 

 

カイロからピラミッド見に行くために、
ギザ行きのバスに乗りにバス停行っても、
全然、客引きが声掛けてこないし。。

 

 

逆にどのバス乗ればいいか分からなくって、困るくらいです。

 

 

ただ、さすがは悪名高きギザのピラミッド界隈。

 

 

チケット係員のふりして、らくだに乗せようとする輩から、
乗ったら降ろしてくれないと言われるらくだ使いまで。

 

 

完全、無視して、拝んだピラミッドは、
想像以上にでかかったです!

 

 

ピラミッド1.jpg

 

 

写真に入り切らないくらい。。 

 

 

1個1個の石が50cmくらいあって、
紀元前2500年頃に、人類がどんな技術を持ってして、
あんな風に積み上げたのかが不思議でならない。

 

 

ピラミッドの石.jpg

 

 

ギザは3大ピラミッドの内、2つ目。

 

 

ピラミッド2.jpg

 

 

そして、3つ目。

 

 

ピラミッド3.jpg

 

 

3つ目が一番小ぶりなのですが、何気に一番味があっていい感じ。

 

 

そして、撮影不可の中、目を盗んで撮影した、
ピラミッド内部の写真です。

 

 

ピラミッド内部.jpg

 

 

閉所恐怖症の人は絶対に入れないような狭さで、
中はものすごい閉塞感漂う空気が漂ってます。

 

 

ピラミッドの内部は腐らないと言う伝説も、
あの異様な空気の中では分かる気がします。

 

 

そして、それを守る聖獣スフィンクス。

 

 

スフィンクス.jpg

 

 

とりあえず、ワンパン喰らわしておきました。

 

 

スフィンクスにワンパン.jpg

 

 

ピラミッドと並べてみると、
紀元前にタイムスリップしたような感覚に陥ります。

 

 

スフィンクスとピラミッド.jpg

 

 

ただ、ギザってもはや都会なんですよね。

 

 

そんな都会の街並みから、
ピラミッドが拝むことができるから不思議。

 

 

ギザの街より.jpg

 

 

さらには、ピザハットの店内からも。。

 

 

ピザハットより.jpg

 

 

まさに、古代と近代の融合です。

 

 

エジプトは観光資源が豊富ですのぉ。。

 

 

観光収入が他のどの収入よりも多く、

年間70億ドルを稼ぎだしてるとかですから驚きです。

 

 

日本も負けらんないっす。

 

 

 

2010.11.03 Wednesday | 07:18 | comments(2) | trackbacks(0) | by KOJI

OpenID対応しています OpenIDについて

Copyright © 2010 COOL JAPAN & BOOM JAPAN ALL Right Reserved